
「もう頑張れない」と言われたとき、家族の心に起きること
不登校やひきこもりの状態が続く中で、本人から「もう頑張れない」と告げられたとき、家族の多くは強い衝撃を受けます。
それまで何とか持ちこたえてきた希望が、一気に崩れ落ちたように感じることもあります。「これ以上どうすればいいのか」「この先、社会に戻れるのか」といった不安が、一気に押し寄せてくるからです。
特に、これまで支援を探し、声かけを工夫し、待つ努力をしてきた家族ほど、この言葉を「終わりの宣告」のように受け取ってしまいやすくなります。
しかし、この時点でまず知っておいてほしいのは、家族が感じる混乱や絶望感は自然な反応であり、決して間違いではないということです。そのうえで、この言葉の意味を正しく理解することが、その後の回復を大きく左右します。
その言葉は諦めではなく、限界を超えたサイン
「もう頑張れない」という言葉は、未来を投げ出した宣言ではありません。
むしろそれは、「これ以上同じやり方を続けると、心が壊れてしまう」という限界点に達したことを示すサインです。
多くの当事者は、不登校やひきこもりの状態に入る前から、長期間にわたって無理を重ねています。学校での人間関係、評価への恐怖、期待に応えなければならないプレッシャー。それらを抱えたまま、「普通でいよう」「迷惑をかけないようにしよう」と耐え続けてきた結果、心のエネルギーが枯渇してしまうのです。
「頑張れない」という言葉は、その消耗が限界に達した地点で、ようやく外に出てきた本音だと捉える必要があります。
不登校・ひきこもりは止まっている状態ではない
外から見ると、不登校やひきこもりは「何もしていない」「止まっている」ように見えます。
しかし、心の中では決して止まっていません。むしろ、常に自分を責め、将来を不安視し、周囲の期待に応えられない自分を否定し続けています。
この内的な活動は非常にエネルギーを消耗します。体を動かしていなくても、心は休んでいないのです。
その状態が続いた結果として、心が自らブレーキをかけ、「これ以上頑張らない」という選択をします。これは壊れたのではなく、生き延びるための調整です。
見えないところで続く自己否定と心の消耗
多くの当事者は、「自分は怠けているのではないか」「このままではいけない」といった思考を何度も繰り返しています。
家族が見ていないところで、自分を責める時間が積み重なり、心は静かに削られていきます。
この自己否定が強いほど、家族からの何気ない言葉や善意の励ましさえも、「評価」や「期待」として重くのしかかります。
その結果、説明する力や言葉にする力が失われ、「何も分からない」「話したくない」という状態になっていきます。
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「頑張る」が負担になる心理構造
「頑張って」「少しずつでいいから」という言葉は、励ましとして使われがちです。
しかし、限界を超えた状態では、「今の自分は足りない」「変わらなければ認められない」というメッセージとして受け取られてしまいます。
当事者にとって「頑張る」とは、再び評価の場に戻ること、失敗の可能性にさらされることを意味します。その恐怖が、防衛反応を強めてしまうのです。
防衛反応として現れる無気力・拒否・生活の乱れ
無気力、家族への反発、昼夜逆転、ゲームやネットへの没入などは、性格の問題ではありません。
刺激を減らし、これ以上傷つかないために心が選んだ防衛反応です。
評価されない世界に身を置くことで、かろうじて心のバランスを保っているケースも多く見られます。
回復はなぜ一直線に進まないのか
少し元気そうに見えたと思ったら、また動けなくなる。この繰り返しに、家族は不安を感じます。
しかし、回復は直線的に進むものではありません。心の緊張が下がり、少し動き、また休む。その調整を繰り返しながら、徐々に安定していきます。
後退に見える期間も、実は回復の一部です。
「頑張れない」を回復の入口に変える関わり方
「もう頑張れない」という言葉を、問題として消そうとしないことが重要です。
その言葉の奥にある消耗や恐怖を理解し、急がせず、評価しない関係を保つことが、防衛反応を緩めます。
回復は、頑張らせることで始まるのではありません。安心できる環境の中で、自然に動き出せる余地が生まれたときに始まります。
「頑張れない」は終わりではなく、回復への入口です。







