
「何もしていないのに苦しい」不登校・ひきこもりに共通する感覚
不登校やひきこもりの状態にある本人から、よく聞かれる言葉があります。
「何もしていないのに、なぜか苦しい」
「休んでいるはずなのに、ずっと追い詰められている」
外から見ると、学校や仕事から離れ、家で過ごしている状態は「負担が少ない」「楽そう」に見えることがあります。しかし、本人の内側ではまったく逆のことが起きています。
行動が止まっている間、心の中では自分を責め続ける声が止まらない。この状態こそが、不登校・ひきこもりの回復を長引かせる大きな要因です。
回復を止めている正体は「怠け」ではなく罪悪感
「やる気がない」「甘えている」という言葉は、当事者を深く傷つけます。なぜなら、多くの本人は、すでに自分自身を強く責め続けているからです。
・学校に行けない自分はダメだ
・親に迷惑をかけている
・将来何も残せない人間になる
こうした考えが積み重なり、「存在しているだけで申し訳ない」という感覚に変わっていきます。この罪悪感こそが、回復を妨げる最大のブレーキです。
なぜ罪悪感はここまで人を動けなくするのか
罪悪感は本来、社会的な行動を調整するための感情です。しかし、逃げ場のない状態で長期間続くと、行動を促すどころか、完全に奪ってしまいます。
「動けば評価される」ではなく、「動いても失敗する」「期待を裏切るだけ」という思考が強まり、何もしないことが唯一の安全策になります。
この段階では、本人は怠けているのではなく、生き延びるために動けなくなっているのです。
不登校・ひきこもりに特有の“内的重力”の仕組み
ここでいう「内的重力」とは、行動しようとすると強く引き戻される心理的な力を指します。
一歩動こうとすると、
「今さら何をしても遅い」
「また失敗するくらいなら動かない方がいい」
という声が内側から湧き上がります。この重力は、周囲からは見えませんが、本人にとっては現実の重さとして感じられます。
家族の善意が罪悪感を強めてしまう瞬間

「あなたのためを思って」という言葉が、結果的に本人を追い詰めてしまうことがあります。
・将来の心配を繰り返す
・努力すれば何とかなると励ます
・同年代との比較を持ち出す
これらはすべて善意ですが、罪悪感が強い状態では「期待に応えられない自分」を再確認する材料になってしまいます。
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本人の中で起きている思考のループ
内的重力が強い状態では、思考は次のようなループに陥ります。
「動かなければ」→「でも動けない」→「動けない自分はダメだ」→「だから動く資格がない」
このループは、外からの助言では簡単に断ち切れません。論理ではなく、感情の問題だからです。
「動けない」のではなく「動くと壊れる」心理状態
多くの家族は「どうして動かないのか」と考えます。しかし本人の感覚は違います。
「動いたら壊れてしまう」
「これ以上自分を失望させたくない」
行動すること自体が、強い恐怖を伴う状態なのです。
罪悪感を軽くするために家族ができる関わり方
最も重要なのは、「何かをさせる」ことではなく、「存在を否定しない」ことです。
・結果ではなく状態を認める
・沈黙を責めない
・回復のスピードを管理しようとしない
これらは一見消極的に見えますが、内的重力を弱めるためには不可欠な関わり方です。
回復とは“前に進ませること”ではない
回復は、学校復帰や就労といった目に見える成果から始まるわけではありません。
まず必要なのは、「何もしない自分でも存在していい」という感覚を取り戻すことです。
内的重力が弱まり始めるサイン
・表情が少し柔らぐ
・家族と同じ空間にいられる時間が増える
・否定的な言葉が減る
これらは小さく見えて、非常に重要な変化です。
家庭だけで抱え込まないという選択
罪悪感の問題は、家族の努力だけで解決できるものではありません。第三者の視点が入ることで、内的重力は初めて言語化され、軽くなっていきます。
まとめ:罪悪感がほどけた先にある回復
不登校・ひきこもりの回復を止めているのは、能力不足でも甘えでもありません。
長い時間をかけて積み重なった罪悪感という“内的重力”です。それが少しずつ弱まったとき、人は自然に前を向き始めます。







